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映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』2020年公開 司法と沈黙: 原発裁判と倫理の問い

映画「原発をとめた裁判長」 そして原発をとめる農家たち 2020年公開

映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』は、日本の原発訴訟の中でも画期的な判決を下した一人の裁判官と、その背景で闘い続けた市井の人々を描いたドキュメンタリー。監督は纐纈あや。本作の中心にいるのは、元裁判官の樋口英明。
彼は関西電力が運営する大飯原発の運転差し止めを命じるという、日本の司法史上でも極めて異例の判断を下した人物である。

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裁判官は主張してはいけない。これは近代司法の基本原則である。裁判官はあくまで個別事件において法を適用し、当事者の主張と証拠に基づいて判断を示す存在であり、自らの思想や信条を社会に向けて語る主体ではない。

しかし現実の司法は、その原則だけでは捉えきれない領域に踏み込まざるを得ない。

いわゆる統治行為論は、その典型である。安全保障やエネルギー政策のように国家の根幹に関わる高度に政治的問題については、裁判所は判断を控えるべきだとする考え方だ。戦後日本では、この論理は重要な局面で繰り返し用いられてきた。判断を回避することで、司法は中立性を保とうとする。

だが、その「判断しない」という態度は本当に中立なのだろうか。判断を避けることは、結果として既存の国家判断を追認することに等しい。主張しないという形式を取りながら、実質的には一つの立場を選び取っているとも言える。

原発訴訟は、この構図が最も鮮明に現れる領域である。原子力発電は高度な科学技術と国家政策の中枢に位置するため、従来の裁判所は専門的判断に委ねる姿勢を取りがちだった。そこでは技術的合理性が議論の中心となり、「基準を満たしているかどうか」が判断の軸となる。

しかし本作『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』が描く裁判は、その枠組みから逸脱する。

ここで行われているのは、技術的・科学的・学問的な論争ではない。耐震性や想定地震動といった理系的議論に正面から対抗するのではなく、論点そのものを引き直している。すなわち、「その原発は人間の安全を守れるのか」という問いである。

これは一見すると、論点のすり替えにも見える。専門家の議論を避け、文系的な倫理で理系の問題を裁いているようにも映る。しかし同時に、それは問題の次元を変える試みでもある。

原発事故は確率の問題であると同時に、結果の不可逆性の問題でもある。どれほど低い確率であっても、一度起きれば取り返しのつかない被害をもたらす。そのとき問われるのは、「安全かどうか」ではなく、「その危険を引き受けてよいのか」という価値判断である。

この意味で、科学の問いは最終的に倫理の問いへと変換される。

従来の司法は、この領域に踏み込むことを避けてきた。技術論争に十分に関与できない以上、判断を控えるほうが制度として安定するからである。それは統治行為論的な態度と地続きにある。しかしこの映画が示す裁判は、技術論争には乗らないまま、それでも判断するという立場を取る。

ここに、現代司法の緊張がある。主張を避ければ統治行為論へと流れ、国家の判断を追認することになる。踏み込めば、裁判官は価値判断を引き受けざるを得ず、「主張している」と批判される。

この二律背反の中で、司法の中立性そのものが揺らいでいる。

この問題を考えるうえで、『羅生門』の検非違使の不在は示唆的である。証言は錯綜し、真実は分裂するが、裁く側はついに姿を現さない。そこには、裁く主体は語るべきではないという近代的理想が投影されている。

だが現代において、その沈黙はもはや維持できない。海外に目を向ければ、裁判官が自己のイデオロギーに基づいていると受け取られる判決が増え、司法そのものが政治的対立の一部として読まれる場面が目立つようになっている。語らないことは中立を意味しない。むしろ、何を語らないかが問われる時代である。

さらに本作は、文化庁の芸術支援事業「ARTS for the future!」から助成を受けている。この事実は、作品の価値を損なうものではないが、無関係でもない。国家が資金を拠出し、その国家の政策に関わる問題を批判的に描く作品が制作されるという構図は、現代日本における表現と制度の複雑な関係を示している。

ここでもまた、単純な対立図式は成立しない。国家は一枚岩ではなく、その内部には複数の論理が共存している。司法、行政、文化政策がそれぞれ異なる方向を向きながら同時に存在しているのである。

裁判官は主張してはいけない。しかし、主張しないことが現実のリスクを覆い隠すとき、その沈黙はどこまで許されるのか。科学の問いを倫理の問いへと引き寄せることは逸脱なのか、それとも司法の本来の役割なのか。

『羅生門』の検非違使は最後まで沈黙した。しかし現代の裁判官は、その沈黙の中にとどまり続けることができない。

問われているのは、主張するか否かではない。どのようなリスクを見過ごし、どのような責任を引き受けるのか。その選択そのものが、すでに一つの判断なのである。

映画『羅生門』1950年日本/ 真相の歪み

映画『羅生門』

 

次に観る映画に迷ったときは、かつて観た白黒映画に戻ることにしている。

『羅生門』(1950年)は、芥川龍之介の「藪の中」「羅生門」をもとにした、日本映画史の転換点とも言える作品である。ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、アカデミー賞名誉賞も獲得。日本映画を世界に押し出した決定的な一本となった。

平安時代の荒廃した都。羅生門の下で、※杣売り(志村喬)と旅法師、下人の三人が雨宿りをしながら、ある奇妙な事件について語り合う。山中で起きた武士の殺害と妻への凌辱。その真相は、盗賊・多襄丸(三船敏郎)、武士の妻・真砂:京マチ子、そして死んだ武士の霊という三者の証言によって語られるが、それぞれの話は食い違い、真実は霧の中に沈んでいく。

   ※「杣売り」は「そまうり」=山林で、植栽して成長した木を伐採して、売りさばく人。きこり

映画『羅生門』は、「真実とは何か」という古典的な問いを扱いながら、その問いそのものを崩してしまう構造を持った特異な作品である。従来は「羅生門効果」(=真実は主観によって歪められる)として語られることが多いが、本作は単なる多視点のズレにとどまらない。むしろそこには、「語り」「権力」、そして「視線」という三つの主体が絡み合う、精巧な認識の装置が仕組まれている。

まず、語りの層である。盗賊、多襄丸、妻、そして殺された武士の霊という三者の証言は、互いに食い違いながら、それぞれが自己を正当化する物語として提示される。ここでは真実は分裂し、統合されることはない。人は出来事を語るのではなく、「語りたい自分」を語るのだという冷徹な視線が貫かれている。

次に、権力の層がある。これらの証言はすべて※検非違使の前でなされたものとされるが、その検非違使は画面に一切登場しない。声すら与えられない。しかし観客は常に、その不在の権力の位置に置かれている。証言者たちは正面からこちらを見据え、あたかも観客が裁く主体であるかのように語りかける。だが、いかなる証言も決定的ではなく、裁きは宙吊りにされる。ここで権力は、存在していながら機能しない空洞として現れる。

 ※検非違使(けびいし)は、平安時代初期に設置された、京の治安維持・警察・司法(裁判・刑罰)を司る令外官の役職

そして第三の主体として、カメラ=視線の問題が浮かび上がる。これは映画ならではの面白さだ。カメラは森の中をさまようように移動し、時に揺れ、光に向かって視線を上げる。その有名な太陽を直視するショットは、「真実(光)」の象徴であるかのようでいて、実際には何も見えないという逆説を孕んでいる。つまりカメラは真実を明らかにするどころか、「見るという行為そのものの不確かさ」を暴露する装置として機能しているのである。撮影を担当した宮川一夫の仕事も見事だ。光と影のコントラスト、森の中を抜けるカメラの動き。羅生門の豪雨と森のまばゆい光の対比もまた、物語の「虚と実」を静かに支えている。まさに映像もまた語るのだ。

映画『羅生門』は「真実の不在」を単純に描くのではなく、それを観客自身に体験させる。観客は裁こうとして裁けず、見ようとして見えない。わかろうとしてわからない。その不安定さこそが、この作品の核心である。冒頭の杣売り(志村喬)は「わからないわからない」を連発する。

こうした構造を支えるのが、驚くほど絞り込まれた人物配置と、背景描写の徹底した簡素化である。登場人物は極めて少なく、物語はほぼ森と羅生門という限定された空間で展開する。社会的背景や時代の細部はほとんど語られない。そのため観客の意識は、外部の状況ではなく、語りと視線の関係そのものへと集中させられる。この「削ぎ落とし」は、日本映画の中でも際立った特異性と言えるだろう。

さらに特筆すべきは、妻の存在である。彼女の証言は、被害者でありながら加害の気配も帯びるという、きわめて両義的な位置にある。その揺らぎは、涙と笑いが交錯する表情や、視線の不安定さによって増幅され、観客に解釈の余地を残す。同様に、武士の霊を呼び出す巫女(霊媒師)の場面では、現実と異界の境界が曖昧にされ、語りの信憑性そのものが揺さぶられるのだ。

ここで見逃せないのが、杣売りの“隠していた事実”である。彼は当初、単なる目撃者として中立的に振る舞うが、実際には現場から短刀を盗んでいたことが示唆される。つまり彼もまた、他の証言者と同様に、自らに都合のよい語りを選び取っていたのである。この小さな利己性は、盗賊や妻の劇的な虚偽と比べれば些細に見える。しかしむしろその“ささやかな嘘”こそが、人間の普遍的なあり方として観客に迫ってくる。完全な悪ではなく、どこにでもある弱さとしての隠蔽、その発覚によって、観客が最後に寄りかかろうとする「比較的信頼できる語り手」さえも崩れていく。

このように『羅生門』は、物語を複雑にするのではなく、むしろ要素を削ぎ落とすことで、語りと視線の構造をむき出しにした作品である。その結果、そこに現れるのは「何が起きたのか」という問いではなく、「なぜ人はそのように語るのか」「なぜ私たちはそれを信じてしまうのか」という、より根源的な問題である。

現代において、この構造はますます現実味を帯びている。私たちは日々、映像や言葉を通して世界を認識しているが、その多くは編集され、切り取られたものである。『羅生門』が示したのは、そうした「見えるものへの不信」の原型であり、言い換えれば、メディア時代の認識の不安定さを先取りした思考実験でもあった。

少し大げさに言えば、私たちは常に“加工された現実”の中で物事を理解しているとも言えるだろう。本当の姿そのものには、なかなか触れることができない。そうした感覚は、哲学で言う「物自体」という考え方にも、どこか通じている。

最終的に本作が突きつけるのは、「真実はどこにあるのか」ではなく、「私たちはなぜそれでも真実を信じようとするのか」という問いである。人は大きな嘘によってではなく、むしろ日常的な小さな正当化の積み重ねによって世界を歪める。語りは自己を守るために変形し、視線は無意識のうちに現実を編集し、権力はそれを裁ききれないまま沈黙する。

それでもなお、人は判断し、誰かを信じ、世界を理解したつもりになる。その危うさと不可避性を同時に引き受けること、その地点に立たせることこそが、『羅生門』という作品の静かな暴力であり、そして現代においてなお有効であり続けている。

 

監督:黒澤明

原作:芥川龍之介
脚本:黒澤明、橋本忍
撮影:宮川一夫

配役
多襄丸:三船敏郎

武士・金沢武弘:森雅之

武士の妻・真砂:京マチ子

杣売り:志村喬

旅法師:千秋実

下人:上田吉二郎

巫女:本間文子

放免:加東大介

映画『はりぼて』2020年 政治の劣化と構造

映画『はりぼて』2020年 日本


けっこう笑える。そしてあきれる。が笑っても呆れてもいけない。

和と公論のあいだ  聖徳太子から『はりぼて』へ、日本社会の「ムラ」をめぐる考察

 富山市議会の不正を追ったドキュメンタリー 映画『はりぼて』(2020)アマプラで観た。

はりぼて=張り子 見かけは立派だが、実質の伴わないことやものの比喩として使われる。張り子の虎。

映画『はりぼて』は地方政治の腐敗を描いた作品として語られることが多い。だがこの映画の本質は、単なる不正告発にとどまらない。そこには、日本社会に長く続く「ある構造」が静かに映り込んでいる。 議員の不正は、議会内部の議論によってではなく、地方テレビ局の取材によって明らかになった。議会は自らを正す場として機能せず、外部からの告発によって初めて動く。この構図は、現代日本の政治の一断面であると同時に、歴史的な文脈の中に置いてみると、よりはっきりとした輪郭を持ち始める。 日本の政治思想の原点とされる聖徳太子の十七条憲法(604年)には、「和を以て貴しとなす」という言葉がある。争いを避け、調和を重んじるという理念である。一方、明治維新の理念を示した五箇条の御誓文(1868年)には、「万機公論に決すべし」とある。国家の重要事項は公論によって決めるという宣言だ。 この二つは、一見すれば美しく両立する理念である。しかし現実の日本社会においては、しばしば「和」が「公論」に先行する。対立は避けられ、異論は控えられる。その結果、議会の中で徹底的に議論が行われるよりも、問題は外部から暴かれ、世論によって動かされる傾向が生まれる。 ここで思い出されるのが、鹿児島に伝わる言葉「義を言うな」である。これは「決まったことに異を唱えるな」という、共同体の行動原理を端的に表している。ここでいう「義」とは、本来は正しさや公正さを意味する。しかしムラの中では、それはしばしば関係を壊す危険なものとして扱われる。 ムラとは地理的な意味での村ではない。政治、メディア、組織、地域社会が絡み合い、互いに依存しながら維持される関係の網である。このムラにおいて重要なのは、正しさよりも関係の維持である。対立を避け、波風を立てないことが優先される。 そのため、告発という行為は特異な意味を帯びる。告発とは「義」を持ち込む行為であり、ムラの論理と衝突する。『はりぼて』で不正を暴いたのが議会ではなくメディアであったこと、そしてその担い手が最終的に組織の外へと出ていくことは、この構造を象徴している。 さらに言えば、この社会にはもう一つの感覚がある。「叩けば埃が出る」という言葉に象徴されるものだ。どれほど立派に見える存在でも、掘り下げれば何らかの瑕疵が見つかるという認識である。この感覚は、告発の正当性を相対化する方向にも働く。誰もが完全に潔白ではない以上、徹底した追及はやがて自分にも返ってくる。そうした相互牽制の意識が、結果として「深追いしない」空気を生む。 このようにして、日本社会では 和が対立を抑え、 ムラが関係を維持し、 「義を言うな」が異論を封じ、 「叩けば埃が出る」が追及を鈍らせる。 その結果として、公論は制度として十分に機能せず、告発が断続的に現れては消えていく。 本来、「万機公論に決すべし」とは、異なる立場や価値観が衝突し、その中から合意を形成していく政治の姿を意味していたはずである。しかし現実には、公論は議会の内部ではなく、メディアや世論の中で断片的に生まれるにとどまる。 『はりぼて』が描いたのは地方議会の不正である。しかしその奥にあるのは、日本社会における「和」と「公論」のねじれ、そしてムラの中での沈黙の構造である。 正しさはどこで語られるのか。 そしてそれを語る者は、どこに居場所を持てるのか。 この問いは、一つの映画を超えて、いまの日本社会全体に向けられている。

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映画」『はりぼて』(2020)概要と評価 概要

地方政治の腐敗と、それを追及する地方メディアの闘いを記録したドキュメンタリーである。監督は富山のローカル局・チューリップテレビの記者である 五百旗頭幸男 と 砂沢智史。 物語の発端は2016年、富山市議会で発覚した政務活動費の不正問題である。チューリップテレビの取材班は、議員が提出していた報告書に不自然な点を見つける。調査を進めると、架空請求、カラ出張、領収書の偽造などの不正が次々と明らかになっていく。 報道は大きな波紋を呼び、結果として14人もの市議がドミノ辞職する事態に発展する。しかし、議会は改革されたかに見えながら、数年後には再び同じような問題が現れ、政治の体質そのものが問われることになる。 映画は、この一連の経過を記者たちの取材現場、議員の記者会見、議会のやり取りなどの実際の映像で追いながら、「地方政治とは何か」「民主主義は機能しているのか」という問いを観客に投げかける。 評価 本作の最大の特徴は、「政治の不正」を描くだけでなく、それを追う報道の現場そのものを描いている点にある。 議員たちの弁明はしばしば要領を得ず、質問と答えがかみ合わない。責任の所在も曖昧なまま、制度の穴だけが残る。その様子は、タイトルの「はりぼて(張り子)」という言葉が示す通り、見かけだけ整った民主主義の空洞を象徴している。 同時にこの映画は、地方メディアの役割を強く印象づける作品でもある。全国紙でも大手テレビ局でもなく、地方局の地道な取材が政治を動かしたという事実は、日本のジャーナリズムにおいても重要な意味を持つ。 演出は派手ではない。むしろ会見の沈黙や、議員のしどろもどろの言葉、記者の粘り強い質問といった「現実そのもの」が積み重ねられていく。その結果、フィクション映画よりも強い緊張感が生まれている。 ただし作品の後半では、制度が改善されたはずの議会が再び旧態依然に戻っていく様子が示される。そこから浮かび上がるのは、個人の不正というより、構造としての政治の劣化である

映画『西鶴一代女』1952年 監督:溝口健二 映像の美と:溝口と小津の視点

映画 『西鶴一代女』

2度目の視聴記事です。

西鶴一代女(監督:溝口健二)は、女性受難の映画として語られることが多い。

しかし原作である好色一代女(井原西鶴 Wikipedia) と比べると、そこには決定的な変化がみえる。タイトルからしてそうなのだが好色の後退以上に、「笑い」が消えているという点だ。

西鶴の世界は残酷だが、どこか乾いている。女は恋に落ち、身を持ち崩し、転落するが、人生を達観する軽みがあって、遊女たちは互いに助け合い、したたかに生き延びる。人生は厳しいが、「まあ、こんなものだ」と笑い飛ばす余裕がある。

男たちも同様だ。体面や道徳を振りかざしながら、結局は欲望に振り回される。その二重性を、西鶴はどこか楽しげに描く。滑稽さが批評になっている。

ところが映画では、その笑いがほとんど見えない、というかかなり薄められた印象だ。お春は制度と身分の犠牲者として描かれ、印象的にはしばしば孤独だ。遊女仲間の連帯は後景に退き、男たちは滑稽というより冷酷な権力の象徴になる。

ここで起きているのは、「笑いによる批評」から「悲劇による告発」への転換だろう。欲望する主体としての女性は薄れ、受難の象徴に近づく。そのとき、軽やかな生命感もまた後退するという印象はぬぐえない。あくまで印象です。

西鶴の江戸は、欲望を相対化できた。溝口の戦後は、欲望を笑う余裕を失っていたのかもしれない。

『西鶴一代女』の厳粛な美しさは、その「笑えなさ」の表れでもある。

溝口と小津

「悲劇による告発」を端正な美の形式の中で行うという点で、
溝口健二と小津安二郎は、遠くで響き合っているようにも見えます。

溝口の西鶴一代女は、長回しと流麗な移動撮影で、お春の転落を美しく描いている。
画面は整い、静謐で、どこまでも端正。
しかしその内部で描かれるのは、封建制度に押し潰される女性の人生だ。
告発は叫びではなく、沈黙のうちに進行する。

一方、小津の画面もまた徹底して整っている。ローポジの固定カメラ、水平垂直の強調、空白の時間。たとえば東京物語では、戦後の家族の崩れが描かれるが、そこに直接的な社会批判の言葉はない。それでも、戦争を経た日本社会の変質が、静かな亀裂として滲む
小津は声を荒らげないが、画面の秩序そのものが、失われた秩序(と安定)を逆説的に照らしだす。

溝口、小津両者に共通するのは、美という器の中に批評をそそぐという感じ。
怒りを露出させず、形式を整えることで、かえって悲劇が沈殿する。

ただし違いももちろんある。溝口の美は流動的で、
小津の美は静止的。

それでも、どちらも日本的近代の矛盾を、叫ばずに映す。告発は激しさよりも、抑制のなかで深くなる

映画『おーい、応為』2025年 日本 作品を超える芸術

2025年10月17日公開 日本

映画『おーい、応為』で印象深い場面のひとつに、火事の場面がある。家の中に入ることもできず、積み上げてきた自作が焼けていくのを外から見守るしかない北斎。

そのとき彼は、ぽつりと「もういいよ」と言う。悲嘆というより、どこか達観したような軽さを帯びた言葉だ。

普通なら絶望してもおかしくない状況だ。だがその言葉には、作品を失った痛みと同時に、別の感覚がにじんでいる。作品は焼けても、自分はまた描けばいい。描くことそのものが続く限り、芸術は終わらない...そんな覚悟にも似た感覚だ。

ここから浮かび上がるのは、「所有しない芸術家」という姿だろう。作品を守り抜くことよりも、描き続けることそのものに価値を置く態度。

美術史の視点から見ると、北斎のいた浮世絵の世界は必ずしも主流ではなかった。狩野派や土佐派といった公式画壇が権威を持つ中で、浮世絵は町人文化の中で発展した、いわば傍流の芸術だったのである。しかも版画として大量に刷られ、人々の生活の中で消費されていく。名品として一点が厳重に保存されるというより、日常の中で流通し、やがて失われることも多い。
浮世絵はある意味で、「所有されにくい芸術」でもあった。

そう考えると、北斎の「もういいよ」という言葉は、単なる諦めではなく、その文化の精神を体現するもののようにも思えてくる。

ここで、唐突かもしれないが・・・。
この感覚は、遠く時代を隔てたある画家の姿とも響き合う。奄美大島で晩年を過ごした日本画家、田中一村でことである。

一村は中央の画壇から距離を置き、評価や名声とはほとんど無縁の場所で絵を描き続けた。生活のために大島紬の染色工として働きながら、夜や休日に制作を重ね、最晩年には画家として自身の理想的境遇を築き上げる。
一村の作品が高く評価されるようになったのは、亡くなってからかなり後のことである。生前の彼は、成功した画家とは言い難い境遇にあった。

しかし、それでも彼は描くことをやめなかった。展覧会の評価や市場の評価とは関係なく、ただ絵を描き続けたのであった。

江戸の巨匠と奄美の孤高の画家。時代も環境もまったく異なる二人だが、その姿勢には不思議な共通点がある。芸術を完成品として「残す」よりも(一村は厳重に残した作品もあるのだが)、描くという営みそのものに生きるという態度である。

「遇(ぐう)」という考え方がある。これは人が自ら運命を設計するのではなく、世界の中で思いがけず巡り合った境遇をそのまま受け入れ、その中で生きるという感覚を指す言葉だ。

一村の人生は、まさにこの「遇」によって形づくられているように見える。中央画壇で成功する道を離れ、南の島で大島紬の染色工として働きながら絵を描き続ける。普通に考えれば、画家としては不遇の人生と言えるだろう。だがその境遇の中で、一村は奄美の植物や鳥を題材にした独特の世界を築き上げた。

偶然与えられた場所を、そのまま創造の場所に変えてしまう、、、それが「遇」の生き方である。

北斎もまた、晩年に「あと十年、いや五年あれば本当の絵師になれる」と語ったと伝えられる。すでに巨匠として知られていた人物が、自らを未完成だと言う。その言葉は、芸術が完成へ向かう直線ではなく、描き続ける過程そのものだという感覚を示している。

描けるかぎり、また描けばいい。
残るかどうかは、二の次。

そう考えると、江戸の浮世絵師と奄美の日本画家は、遠く離れた時代と場所を超えて、どこか同じ場所に立っているように見えてこないだろうか。そこには、作品の所有や評価を超えて、「描くことそのもの」に生きる芸術家の静かな系譜がある。そしてその背後には、与えられた境遇を受け入れ、その中で花を咲かせる「遇」という思想が、ひそやかに流れているように思えるのである。

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江戸後期の女性絵師・葛飾応為を主人公に据えた本作は、単なる“天才の娘”の物語ではない。むしろ、応為と父・葛飾北斎という、二人の「描くことそのもの」に取り憑かれた人間の物語である。

応為は北斎の工房を支えながら自らも描く。女性が表に立ちにくい時代、彼女の名は父の陰に隠れがちだった。しかし映画は、その影の内側に息づく静かな情熱を丁寧にすくい上げる。
応為にとって絵は自己主張である以前に、生きる呼吸のようなものだった。
評価や名声よりも先に、筆を持つことがある。

だが本作が印象的なのは、その姿勢が応為だけのものではないと示す点だ。北斎もまた、徹底して「描く人」である。

父の巨大な存在に葛藤しながらも、応為は絵筆を手放さない。

タイトルの「おーい」という呼びかけも示唆的だ。誰が誰を呼んでいるのか。父が娘を、娘が父を、あるいは時代が埋もれた才能を呼び戻しているのかもしれない。
細部の演出に至るまで、光と影の使い方、行灯に照らされた室内の陰影など、応為の夜景画を思わせる画面設計が徹底されており、作品全体の練度は高い。

劇的な大事件が連なるわけではない。むしろ静かな時間の積み重ねが中心だ。しかしその静けさのなかで、芸術に憑かれた父娘の生の強度が浮かび上がる。

歴史に埋もれた女性絵師の再評価にとどまらない。
描くことに身を投じた二人の人間を通して、芸術とは何かを静かに問い直す、成熟した一作である。


おーい、応為 Wikipedia
監督    大森立嗣
脚本    大森立嗣
原作    飯島虚心
『葛飾北斎伝』
杉浦日向子
『百日紅』より『木瓜』『野分』
製作    吉村知己
出演者    長澤まさみ
髙橋海人
大谷亮平

映画『『コザママ♪うたって!コザのママさん!!』2024年全国公開 地方と中央の緊張ゴザザママの歌う現実

映画『コザママ♪うたって!コザのママさん!!』2024年公開

『コザママ♪うたって!コザのママさん!!』が映した、地方と中央の緊張

コザママ♪うたって!コザのママさん!!』は、沖縄市コザのママたちが歌とともに生きてきた時間を記録する映画である。

 

沖縄市コザのママさんたちが商店街活性化のために始めた歌謡コンテスト。街の賑わいは簡単には戻らず、現実は大きく変わらない。

その淡々とした展開ゆえに、本作の評価は決して高いとは言えない。あまりの低さに逆に見る気になった。見て正解だった。

 ややネタばれあり

劇的な成功や感動的な逆転を求める観客にとって、この映画は「何も起きない」ように見えるのかもしれない。だが、真のクライマックスは別の場所にある。

出演者の多くは俳優ではなく、実際にその街で生活し、店を営み、長年歌い続けてきた当事者たちだ。物語もまた、脚本によって構築されたものではないかのような彼女たち自身の人生の延長として存在している。

演技というのではなくドキュメンタリーのような演技、というのがこころをつかむ。

その物語りは、時間そのものの痕跡でもある。

ラスト近く、ママたちの中から一人、上原が抜擢され東京のテレビ番組で歌うことになる。地元の仲間たちは店に集まり、その放送を見守る。晴れ舞台である。地方の歌い手が中央メディアに届く瞬間だ。

だが、その場面で思いがけない声が上がる。「何で島歌なの?」「俺は、ゆきこのブルースが聞きたかったのよ」。仲間同士が口論になる。

この短い衝突こそが、本作の核心を突いている。

上原がテレビで歌ったのは「島歌」だった。沖縄らしさを象徴する楽曲。だが、仲間が本当に聴きたかったのは、彼女がコザの店で歌い続けてきたブルースだった。そこには微妙な違和感が漂う。中央メディアが期待する「沖縄らしさ」に合わせた選曲ではないのか。彼女は「歌った」のか、それとも「歌わされた」のか。

この問いは、単なる選曲の問題ではない。地方文化が中央に紹介されるとき、しばしば起こる構図そのものである。地方は、その土地の多様で複雑な現実ではなく、「分かりやすい記号」として切り取られる。沖縄なら島歌、南国、エイサー。だがコザの夜を支えてきたのは、米軍基地の街で育ったブルースやロックでもあったはずだ。

仲間のうちの一人の怒りは、上原個人への非難ではない。自分たちの時間が、中央の枠組みによって編集されることへの戸惑いである。そこには誇りと同時に、微かな疎外感が滲む。

この構図は、沖縄に限った話ではない。地方と中央、ローカル文化とマスメディアの関係は、あらゆる芸術、芸能、さらにはスポーツの世界にも通じるものかもしれない。マスメディアが報じないものは存在しないかのように地元でもあつかわれがちだ。

地方で育まれた表現は、中央の舞台に上がった瞬間、市場や視聴率という尺度に晒される。資本が関わるとき、何が選ばれ、何が削ぎ落とされるのか。そこではしばしば「売れる顔」が優先され、「本当にそこにあったもの」は後景に退く。

だからこそ、このシーンは痛切だ。

商店街活性化という試みの行方以上に、このテレビ出演の場面は、歌の行方を問い直す。歌は誰のものなのか。地元の仲間と分かち合うためのものか。それとも、広い世界に届けるために形を変えるべきものなのか。

映画は明確な答えを示さない。上原の晴れ姿を祝福する気持ちも、ブルースを聴きたかったという思いも、どちらも否定しない。ただ、その緊張をそのまま映し出す。

本作の評価が伸び悩む理由も、ここに重なるのかもしれない。「コザ」が嘉手納基地の門前町として栄えた歴史の知識も必要だろう。

この映画は、成功の物語を差し出さない。地方が中央に認められて万事解決、という分かりやすい結末を拒む。代わりに提示されるのは、誇りと違和感が同時に存在する複雑な現実だ。

歌はお金のためだけにあるのではない。だが、広い世界に届くとき、歌は資本やメディアの枠組みと無縁ではいられない。そのせめぎ合いのなかで、それでも歌い続ける人がいる。

コザの小さな店で歌われるブルースと、東京のスタジオで歌われる島歌。その間に横たわる距離こそが、この映画の本当の主題である。

そしてその距離を見つめることこそが、私たち自身の社会と芸術のあり方を問い返すことにつながっている。